遊びに行っても楽しくないのはなぜ?休んでも心が動かないときの神経の状態

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ゆっくり休んだ。
気分転換に遊びにも出かけた。

それなのに、なぜかスッキリしない。楽しい場所に行ったはずなのに、心が動かない。

そんな状態になると、

「私は楽しむのが下手なのだろうか」
「もっと前向きにならなければ」
「せっかく出かけたのに、どうして楽しくないのだろう」

と、自分を責めてしまうことがあります。

けれど、楽しめない理由は、気持ちや性格だけにあるとは限りません。

身体は楽しい場所にいても、神経がまだ緊張していると、目の前の景色や楽しさを味わう余白が少なくなることがあります。

遊びに行っても「楽しみ」が湧かなかった私

これは、以前の私自身の話です。

どこかへ遊びに行く予定が決まっても、「楽しみだな」という感覚がほとんどありませんでした。

行きたくないわけではありません。

ただ、予定された行事を一つずつ、淡々とこなしているような感覚でした。

出かける準備をして、目的地へ行き、予定どおりに過ごして、家に帰ってくる。

それで一つの行事が終わる。

そこに、心が弾むような楽しみはありませんでした。

きれいな景色を見ても、心が動かなかった

きれいな景色を見ても、「わあ、きれい」と感動することがありませんでした。

景色は、確かに目に入っています。

けれど、ごく当たり前の風景として見えているだけで、心の中に何かが広がるような感覚がないのです。

「楽しかったね」という言葉も、自分の中から自然には出てきませんでした。

周りの人が感じている「楽しい」と、私の感じ方はどこか違う。

そのことに、私はずっと小さな違和感を持っていました。

そして、あるとき気づいたのです。

「私は、人生を楽しんでいないんだ」と。

身体はその場所にいても、神経は警戒を続けている

今振り返ると、私には楽しむ気持ちがなかったのではありません。

神経が緊張し続け、目の前の出来事をゆっくり感じる余白が少なかったのだと、私は捉えています。

神経が緊張していると、身体は周囲の状況を細かく確認します。

  • 次はどこへ行くのか
  • 時間に遅れないか
  • 周りの人はどうしているか
  • 相手は楽しんでいるか
  • 自分は迷惑をかけていないか
  • 何か問題は起きないか

表面では普通に行動していても、身体の内側では、気を抜かずに周囲を確認し続けています。

すると、注意は「景色を味わうこと」よりも、「問題なく一日を終えること」に向かいます。

遊びに出かけたはずなのに、「今日の予定を無事に終わらせる」という仕事のようになってしまうのです。

身体を休ませることと、神経が休まることは同じではない

「疲れているなら、ゆっくり休もう」

そう考えて横になっても、頭の中では、

「あれをしなければ」
「あのことは大丈夫だろうか」
「こんなに休んでいていいのだろうか」

と、考え続けてしまうことがあります。

身体は止まっていても、神経はまだ働いている。

この状態では、長く横になっても、休んだという実感を得にくくなります。

休息が必要ないのではありません。睡眠や休息は、身体と脳の回復に欠かせないものです。

ただ、身体を止めることだけで、神経の緊張まで自然に抜けるとは限らないのです。

遊びも「刺激と判断の連続」になる

神経が比較的落ち着いていると、遊びや外出は気分転換になります。

ところが、神経の緊張が強いと、

  • 人混み
  • 大きな音
  • 移動や乗り換え
  • 時間の確認
  • 行き先を決めること
  • 一緒にいる人への気遣い

といったものが、すべて処理しなければならない情報になります。

そのため、楽しい場所に行っても心から楽しめず、帰宅した途端にどっと疲れが出ることがあります。

「楽しめなかった自分が悪い」のではありません。

身体がまだ、安心して楽しさを受け取れる状態ではなかったのです。

神経が緊張しているときに現れやすい状態

神経の緊張が続いていると、次のような状態が起こることがあります。

  • 休んでも疲れが取れない
  • 何もしないと、かえって落ち着かない
  • 遊びに行くことを楽しみだと思えない
  • きれいなものを見ても感動が湧かない
  • 楽しいはずの場所でも周囲が気になる
  • 「楽しかった」という実感が残らない
  • 外出を一つの行事としてこなしている
  • 家へ帰ると、どっと疲れる
  • 毎日を生きるというより、予定を処理している感覚がある

もし思い当たることがあっても、「自分には感情がない」と決めつける必要はありません。

感じる力がなくなったのではなく、神経が緊張を続けているために、楽しさを味わう余白が少なくなっていることも考えられます。

神経がゆるむと、楽しさを受け取る余白が生まれる

神経の緊張がゆるんでくると、同じ景色を見ても、色や光、風の感覚を受け取りやすくなります。

食事の味を感じる。
会話を楽しむ。
面白そうなものに目が向く。
疲れたら休む。
今日はやめておこうと思ったら、やめる。

目の前の出来事を処理するだけではなく、そこにあるものを味わいやすくなります。

神経をゆるめることは、ただ身体を休ませるためだけではありません。

安心して休み、楽しさや感動を受け取り、自分の感覚で人生を選びやすくするための土台でもあるのです。

休んでも心が動かないときは、今の身体を確認してみる

休んでもスッキリしない。
遊びに行っても、楽しさが湧いてこない。

そんなときは、「もっと楽しもう」と気持ちを変えようとする前に、身体の内側に緊張が残っていないかを見てみてください。

今、身体のどこに力が入っているのか。
何に強く反応しているのか。
神経は休める状態にあるのか。

まず現在地を知ることが、楽しさを受け取る感覚を取り戻していく入口になります。

「内臓と神経からの声を知る体験セッション」では、身体・脳・神経・内臓を一つのつながりとして見ながら、今の神経の状態や、身体が強く反応しているところを一緒に確認します。

一度ですべてを変えるためのものではありません。

まず、今の身体の現在地と、これからどのように整えていけばよいのかを知るための時間です。

【今の身体の現在地を確認する】

※楽しさや感動を長く感じられない状態には、強い疲労や心身の病気などが関係することもあります。生活への支障が続く場合は、医療機関にもご相談ください。

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