先日、ある経営者の方の話を、横で聞いていました。
何千人もの社員がいて、声に張りがあって、年齢も若くて。充実感が、こちらまで溢れてくるような人でした。
聞きながら、私はこう思ったんです。
「私には、このエネルギーはないな」と。
73歳。長いあいだ、人が怖くて、「こんなこと言ったらどう思われるだろう」と身構えながら生きてきた私には、ああいう発散する力はありません。
でも、そのあとで、もうひとつ気づいたんです。
私がやっていることは、あの力とは、まったく別のものだ、と。
いちばん底にあったもの
私はずっと、「神経」の話をしてきました。
意識より先に、神経を緩める。延髄、迷走神経、ガードを下げる——。難しい言葉を、たくさん使ってきました。
でも、ある日ふと、立ち止まったんです。
その全部の、いちばん底にあるものは何だろう、と。
たどっていったら、答えは、とてもシンプルでした。
安心、だったんです。
なぜ、私たちは安心を求めるのか
じゃあ、なぜ私たちは、こんなに安心を求めるんだろう。
これも、たどっていくと、シンプルでした。
脳は、生きるために働いているから。
脳がいちばん最初にしている仕事は、考えることでも、幸せになることでもありません。「今、ここは安全か、危険か」を、見分けること。それを、意識が考えるより、ずっと先にやっている。
これは、ポリヴェーガル理論を提唱したステファン・ポージェス博士が「ニューロセプション」と呼んだ働きだと言われています。私たちが「危ない」と思う前に、神経が先に危険を察知している。気づいたときには、もう体が身構えている。
安心は、ごほうびじゃなくて「許可」
だから安心とは、ただの気分じゃないんです。
脳が「もう大丈夫。生き延びた。固めなくていい」と判断したときの、体の状態のこと。
安心は、ごほうびじゃなくて、「もう、身を守らなくていい」という、許可なんです。
固まっていたのは、守られていたから
そう考えると、固まっていることも、見え方が変わります。
体が固まっているのは、ダメだからでも、弱いからでもない。
あなたの脳が、ちゃんと生きるために、固めてきた。過去のせいでも、あなたのせいでもなくて、ただ、生き延びるための、正しい働きだったんです。
私自身が、そうでした。
人が怖くて、いつも身構えて、固まっていた。それを長いあいだ、性格だから変わらない、と思っていました。でも、違ったんです。あれは私の神経が、私を守るために、ちゃんと働いていた。
そう理解したとき、ああ、なんて私は頑張ってたんだろう、と思ったんです。私の知らないところで、私の体が、一生懸命、私を守ってくれていた。なんて、愛しいんだろう、と。
そうしたら、自分の体に、ありがとう、と思えたんです。
そうすると、頭の中だけじゃなくて、体じゅうで——肩がほどけて、お腹が温かくなって、呼吸が深くなる。安心が、体全体に、巡っていったのです。
そして、セルフコンパッション(自慈心)が生まれて、もう以前のように、自分を責めなくなったのです。
求めて手に入れるものじゃなくて、邪魔が取れたら、勝手に巡るもの。
安心は、ゴールじゃなくてスタート
そして、ここからが、本当に話したいことです。
安心は、ゴールじゃありません。
スタートなんです。
脳が「もう守らなくていい」と分かると、それまで身を守ることに使っていた力が、やっと、自由になる。
“生きのびる”ために使っていた力を、”生きる”ために、使えるようになる。
だから、動けるようになるんです。
「動こう」と歯を食いしばるんじゃなくて、安心が土台にできたら、思い描いたほうへ、体が、自然に動き出す。やりたかったことに、手が伸びる。
頑張って学んで、ちゃんとやってきたのに、なぜか止まっていた人。
その止まりは、やる気のせいでも、能力のせいでもなかった。ただ、安心の土台が、まだできていなかっただけ。
だから、先に安心。動けるのは、そのあとから、勝手に。
私にできること
最初に話した、あのエネルギー溢れる経営者の方。
私には、あの力はありません。でも、私にできることがあります。
疲れて固まった神経を、そっとゆるめること。発散する力じゃなくて、ゆるめる力。これは、声を張る人には、できないことなんです。
生きるために、ずっと頑張って固めてきた人に、「もう、生きるために頑張らなくて、大丈夫」と、神経を通して届けること。
そうして、安心を土台に、その人が、思い描くように生きはじめられたら。
最後に、「ああ、生きてきて良かったな」と思える。
私がこの仕事をしている、いちばん奥の理由は、たぶん、そこにあります。
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